18時前、会社のパソコンをパタンと閉じる直前、急にどっと疲れが押し寄せてくる感覚。以前の私は、まさにそんな毎日を送っていました。
頼まれた仕事は断れず、同僚のちょっとした不機嫌な態度に心がすーっと冷たくなり、「何か気に障ることをしただろうか」と頭の中で同じ後悔をぐるぐると反芻してしまう。全員にいい顔をして、自分を見失っていた頃の話です。
休日まで追いかけてくる「あの一言」のリフレイン
休日の朝、せっかくの休みのはずなのに、頭の中では平日の出来事がずっとリフレインしていました。「あのとき言った一言、余計だったかな……」「あの微妙な間は、怒らせてしまったサインだろうか……」。コーヒーを飲んでいても、本を開いていても心が落ち着かず、休んだ気がしないまま月曜日を迎える。そんな繰り返しでした。
キャリアや生き方に激しく迷うミドルエージクライシスと呼ばれる時期、特に重荷だったのがこの「職場の人間関係」でした。精神的にどうしようもなかった私を救ってくれたのは、偶然触れた仏教の思想でした。
仏教と聞くと、何かありがたい御利益を得たり、厳しい修業をしたりするイメージがあるかもしれません。でも私にとっての仏教はもっと身近で、ただ「心の安らぎ」を目的とした実践的な考え方でした。お金持ちになるとか仕事で成功するといった外側の評価ではなく、ただ自分の内側を静かに整える。その姿勢が、当時の自分にすっと重なったのです。
「自分がコントロールできること」だけに心を置く
学びを深める中で腹に落ちていったのは、「自分の課題」と「他者の課題」を分けることでした。つまり、自分がコントロールできる範囲のことしか変えることはできない、というごくシンプルな真理です。
- 手元にある領域(自分の課題): 自分の発言、態度、これからの行動
- 手放すべき領域(他者の課題): 相手の受け止め方、相手の不機嫌、他人の評価
「あの発言をどう受け止めたか」「私をどう評価するか」は、相手の課題であって、自分の手元にはありません。どれだけ思い悩んでも他人の心は操作できないのだと気づいた瞬間、休日まで追いかけてきていた「あのときの一言」のリフレインが、少しずつ遠のいていくのを感じました。
職場での心地よい境界線の引き方
試しに職場でのスタンスを少しだけ変えてみた日のことを、今でも覚えています。
限界を超えそうな依頼をされたとき、いつもの愛想笑いをやめて、「今抱えている作業があるので、本日の対応は難しいです」と事実だけを穏やかに伝えてみました。
相手の表情が一瞬曇ったように見え、胸がバクバクと鳴りました。「やっぱり嫌われたかも」と不安の波が押し寄せそうになりましたが、「断るのが自分の選択で、どう受け取るかは相手の課題」と心の中で静かに線を引いたのです。
結果として、世界は崩壊しませんでした。むしろ、自分の領域を自分で守れたことで、肩の荷がふっと降りたような感覚がありました。
目の前の一歩に集中して、雑音を静める
今でも、過去の失敗を思い出したり「明日の打ち合わせ、嫌だな」と未来の不安に呑まれそうになることがあります。そんなときは、ただキーボードを叩く指の感触に意識を戻したり、今書いているメールの一行だけに集中するようにしています。
コントロールできる「目の前の行動」にだけ心を置くと、頭の中の雑音は自然と静まっていくからです。
完璧な自分になれたわけでも、悩みが完全に消えたわけでもありません。それでも「ただ心の安らぎを真ん中に置いて生きる」という静かな軸を持てたことで、今日を落ち着いて過ごせています。
【ご留意事項(免責事項)】 ※本記事で紹介している思考法やキャリア観は、筆者の実体験および組織論・自己管理のアプローチに基づく個人的な知見です。職場環境での深刻なストレスやメンタルヘルスの不調を感じている場合は、自己判断に頼らず、専門のカウンセラーや医療機関、各種相談窓口にご相談いただくようお願いいたします。


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